格好悪いとはこう言う事さ

飛ばない豚の格好悪い日常を書き綴る、豚の独り言。

何がしんどいねん!

何がしんどいねん!

 今朝は起床時からしんどいです。端から見れば「仕事もしてへんくせに、何がしんどいねん!」と思われるでしょうが、豚にとっては本当に堪らんほどしんどいです。これが鬱病なんだと理解しているのですが、家族でさえ分かってくれているようで分かって居らず、「ほんまにしんどい」と言っても「みんなしんどいねん!」と返されてしまいます。

 20代に専門学校教員をしていた頃は、嫌な仕事があるときでも前向きな気持ちで乗り切れました。仕事が楽しくて毎朝やる気に満ちあふれていました。
 プログラマになったときも自分の実力不足と闘いながらも、何とかスキルアップしようと頑張れました。その頃は「鬱病なんて言うのは、甘えと怠惰の産物だ」と思っていました。
 しかし離婚を経験し、その時の泥沼が豚の人生を変えました。

 実家を離れ、会社の寮に無理を言って住まわせてもらいながら、何とか仕事を続けていたものの、相手の親から毎日かかってくる怒号の電話。仕事中にもお構いなしにかかってくるので、部長が「今は仕事中ですよ!」と相手の親に言ってくれましたが「仕事と娘とどっちが大事や!仕事中なんて言うのはそっちの勝手やろ!」と部長に食ってかかり、もうお手上げという感じで豚に電話が取り次がれて毎日短くて1時間、長いときで2時間以上も怒鳴られっぱなしと言う毎日でした。それが半年続き、夜は寝付けなくなり度数の高い酒を流し込んで無理に床につき、朝も食事をする気がしないのでウィスキーをストレートで流し込んで出勤していました。
 恐らく上司も同僚も朝から飲酒していることを知っていると思いますが、豚のやつれ具合に注意する事も出来ずに見逃してくれていたんだと思います。
 元々痩せ型だった体は、身長175センチで体重58キロと言う所まで落ち、見かねた友人が毎晩食事に誘ってくれなければ、多分生きては居なかったでしょう。

 当然ながら仕事にも支障が出始め、出来るはずのことが出来なくなり、部長に「ようこれで動いているな。」と言われるほどの無茶苦茶なプログラムしか書けなくなったので、自ら身を引くことにしました。その頃には離婚していましたが、体調は全く戻りませんでした。

 それが約23年前。豚も精神科へ通っており、始めは「不安神経障害」と診断されていましたが後に「鬱病」に変わり、今に至っています。

 円満離婚や本人同士納得の離婚ならここまで酷くはならなかったんでしょうが、豚の場合は「嫁姑問題」。それで豚が嫁を守ってやれなかったと言う事で、嫁の親から毎日昼夜関係なく電話でなじられ、それでも何とか離婚だけは避けようと思っていましたが、結婚後半年で実家に帰っていた嫁側にはそんなつもりは無かったらしく、自然と離婚という風に流れていきました。もうその頃には豚の頭はおかしくなっており、喜怒哀楽の感情も無くなっていて、ただ「終わったな」と思っただけでした。

 普通(何が普通なのかは分かりませんが)鬱病は長くても4~5年で寛解に向かうらしいのですが、豚は23年経った今でも寛解へ向かうどころか逆に悪化してきています。自殺を図って救急搬送されたのも1回や2回ではありません。

 そんな経験から、豚の「限界のハードル」は健常者よりもかなり低いものになっているんだと思います。健常者なら何ともないようなことが、豚には酷く大変で、気力と体力を要するんです。

 なんて言っても無駄なことを長々と書いてしまいました。どうやっても過去を変えることは出来ません。せめて未来に希望がもてれば良いのですが、余り期待できそうに無いです。
 でも例え家族だけだったとしても、豚を必要としてくれている人が居る限りはどうにか生きてみようと思っています。世間から見れば「何の生産性も無い、生きてるゴミ」と評されていると思いますが、自分でもそう思うのでそれは構いません。
 ただ今年更新されないかも知れない障害年金が途切れたら、その時は終わりだと思っています。それも甘えなのかな……。

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