格好悪いとはこう言う事さ

飛ばない豚の格好悪い日常を書き綴る、豚の独り言。

Borland C++がやってくる。

Borland C++がやってくる。

 明日の午前中にBorland C++3.1が届きます。このセットにはターボアセンブラも含まれているので、C++とアセンブラのプログラムが書ける様になります。デバッガも搭載されているので、PC-9801の一通り開発環境が整うことになります。

 BC++は、豚が一番充実した日々を送っているときに使っていたコンパイラです。豚が専門学校に入社するまでは、Microsoft C Compiler 6.0をフロッピーベースで使って学習していました。普通は卒業年の3月と言えば、内定者研修が行われるのですが、豚はそんな物は無くいきなり教壇に立たされました。ですので、卒業式前に来年度のマイコンシステム科の備品購入の会議にも出ていましたので、当時発売されたばかりのBorland C++3.1の導入を強く推しました。但しこのコンパイラはハードディスクにインストールするのを前提となっているので、大容量記憶装置として当時まだ珍しかった光磁気ディスクを導入して貰い、そこにコンパイラをインストールして授業で使いました。当時のHDDはまだまだ高価で、おまけにちょっとした事で故障する様な状態でしたので、生徒に触らせるのは危険と判断して、MOを導入したわけです。
 そして特権として豚専用に1ライセンス購入して貰い、授業準備の名目で自宅で使っていました。今考えれば公私混同甚だしいですが、当時は許されていました。

 このコンパイラでは色々な物を作りました。ドラクエ移植を試みたのもこのコンパイラが有ったからでした。それにPC-9801とPC-8801をRS-232Cで接続して、PC-98からPC-88をリモートコントロールするツールや、マイクロソフトがプロテクトの一環として掛けてきた1.68MBフォーマットを実現するフォーマッタもこのコンパイラで再現しました。FDCを直接弄ることで実現しました。
 当時は「フロッピーディスク活用研究」と言う書籍を所有していて、それにFDDの細かい仕様が掲載されていたので出来た技でした。

 専門学校を辞めた時も特にこのコンパイラの返還を要求されなかったので、そのまま豚の物になりました。教員を辞めてから元教え子に無償でC++言語を教えていたときも、このコンパイラが活躍しました。そしてプログラマとして転職するときには入社試験代わりに、このコンパイラで書いたソフトを会社に持っていきました。

 でも、プログラマとして実際に開発に使ったのはMicrosoftのVisualStudioでした。豚はBorlandの環境ではWindowsの基本的なアプリは作れましたが、Visual C++での作法は全く分からず、結局プログラマを辞めるまで5年ほど分からないままでした。その事が未だにトラウマになっています。豚のプログラマ時代は所謂「黒歴史」です。

 と、まぁ豚の20代を語るには、明日手元に到着する予定のBC++が外せないほど、豚は入れ込んでいて自宅ではどっぷりと浸かっていました。
 そんなコンパイラも、家を建てるときに庭に有った納屋を整理する際に、親父に全て処分されてしまいました。PC-98の詳細な資料も専門学校時代に豚が作ったテストや課題などをまとめた物など、一切合切処分されたので、手元には当時のことをうかがい知る資料は何も有りません。
 ただ、メルカリで「PC-9801 マシン語ゲームプログラミング」を買ったので、これを頼りにアセンブラを弄ろうと思っています。MS-DOSのシステムコールはDOSのプログラマガイドに掲載されているので、C++でDOSアプリを書くのにも不自由しません。
ただ、当時のインストーラは簡易的な物で、使うためには自分でPathを切って、グラフィックライブラリも自分でLinkして作成しなければいけません。その手順はすっかり忘れてしまいました。マニュアルにも詳細は書いていなかった様に記憶しています。幸い「C Magazine」のバックナンバーは全巻Kindleで持っているので、読み漁ればどこかに書いてあると思います。

 明日の到着が楽しみなのですが、問題はPC-9821RaⅡ23をゴミの山から発掘してデスクに設置しなければいけないと言う事です。多分それがネックで、まだ暫くPC-98は触らないだろうなと思います。

 午後8時55分

 

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